聖域に泊ってじっくり巡る秋の高野山・忘帰洞露天風呂
 世界遺産那智の滝と熊野三山巡り3日間

Last update:2015.10.26


●坂道が大変だった! (2015.10.22〜24)

(1)  新幹線{こだま}は停車駅ごとに{のぞみ}や{ひかり}に追い越される。

やっと名古屋に着いた。
(2)  バスに乗って東名阪を走る。
伊賀流忍者のふるさと上野ドライブインにて昼食。

伊勢うどんを食べたけどあまりおいしいとはおもわない。 


(3)  柘植地方で稲の刈り取られた後を焼いた様子で面白い。

おがくずらしきものを撒いて火を付けるのか黄色い粉があちこちに落ちていた。
(4)  ほぼ250キロ走ってやっと高野山中の橋駐車場へ着いた。
奥の院に行くには近い場所だ。


(5)   最早木々は紅葉し肌寒い。 (6)   ここより奥は撮影禁止
静寂に包まれている。


(7)  宿坊[法善院]本堂らしきもの見えず???
朝右手奥の二階だと聞いてびっくり
真新しい本堂だった。
(8)  夕飯
般若湯を一本頂く。


(9)  久しぶりの金剛峯寺、
添乗員がコンゴウブジと読めないでびっくり!
(10)  奥の方に入ったのは初めて、
庭がうつくしい。


(11)  壇上伽藍と御影堂

中の大日如来の造りに疑問をもつ。
菩薩のいでたちなんだ。
なぜ?
(12)  東塔。

こちらの方が好もしい。


(13)  三鈷の松 (14)   車窓より熊野川

奈良県・和歌山県・三重県を流れる。


(15)   黒い八咫烏ポスト

私宛てにはがきを投函する。
(16)   熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社を合わせて熊野三山といいます。
熊野の神々は自然信仰に根ざしていましたが、奈良〜平安時代にかけて熊野は仏教・密教・修験道の聖地ともなり、神=仏であるという考え方が広まりました。 その影響を受けた三山は結びつきを深め、同じ12柱の神々(=仏たち)をおまつりするようになります。熊野三山の神秘性はますます高まり、平安時代の末には「浄土への入り口」として多くの皇族や貴族がお参りするようになりました。浄土へお参りし、帰ってくるということは、死と再生を意味します。そのため熊野三山は「よみがえりの聖地」として、今なお多くの人々の信仰を集めています。
(公式サイトより)


(17)   本殿 (18)   内陣も素朴で厳か。


(19)  元の社のあった大斎原に深い色の大鳥居が建っていた。
5億円をかけて建てたそうだ。(ガイドさんの話)
(20)   現在の社の鳥居


(21)   勝浦港から目の前のホテル浦島へ{亀の船}で渡る (22)  ホテルの6ッ箇所にある風呂をめぐる。

聞いていたからじゃぼん・じゃぼんと使って制覇した。
温泉の素をもらう。

ホテルのスリッパで歩きまわり、足の皮が切れちゃった。


(23)   是より熊野古道を30分ばかり歩く。
(24)  石畳を懸命に登る。

長助さんは先頭で歩き始めてビリで歩き切った。


(25)  お初にお目に掛ります。

関西人なのに一度も来たことが無かったのだ。
美しい姫のような滝に思えた。!
(26)  石段の途中から降り出した雨にけぶっていた。


(27)   朱塗りの建物に黒い八咫烏がくっきりと。

千木が見事!
(28)  朱塗りの大鳥居も石段登りのすぐ後には目に入らなかった。

お参りしてやっと落ち着いて見ることが出来た。


(29)  青岸渡寺境内より三重塔と滝のコラボ!

残念なことに三重塔の傍までは行けなかった。
(30)  速玉大社。

平地にあるので有難味がない。 
結婚式が行われていた。

佐藤春夫の記念館が傍にあった。


(31)  鬼が城
世界遺産に含まれている。

熊野灘の荒波に削られた大小無数の海食洞が、地震による隆起によって階段上に並び、熊野灘に面して約1km続いている
(鬼が城センター)
(32)   静かな入り江と対照的に荒波が厳しい。



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