| 徳島県西祖谷山村のかずら橋
隣のコンクリートの橋からみるとなんてことないけど、さすがのがんこも怖かった。
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| 雨が降っていたこともあり すべる すべる 手すりの部分もつるが折れたり曲がったり・・・。
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| 案内図もお洒落な栗林公園 中学生の頃に行きましたが殆ど何もおぼえておらず・・・。 |
| 栗林公園のなかで気に入った風景を撮ってきました 道の横にあるのは和紙風(プラスチック)をくるっと丸め竹にさしこんである燈 明るい庭園に良く似合っていました。 |
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| 小さくて質素なお茶室 近くに茶畑もありました。 近くのゴミ箱が籠で作られていました、隅々まで質素な美しさで囲まれているようでした。 |
| 掬月亭(きくげつてい) 広々していて歴代藩主がこよなく愛した数奇屋風の建物ということで、そりゃー気分いいでしょうょ。 後ろは紫雲山、公園のランドマーク的存在でした。 |
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| 金刀比羅宮の中宮からの眺望 遠くに瀬戸大橋も眺められた
三角山は讃岐富士 それにしても四国は三角山の多いこと、案内図もお洒落でした。 |
| 有名な駕籠に載って参道を登るの図だけど担ぎ手がおじさんなのでがっかりした。 若い可愛いおにーちゃんだったら乗ってたかもしれない。 |
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| いざ!杖も持ったし・・・ もう参道の土産屋も途絶えこの鳥居からは真剣に登らねば 長助さん、がんばって! |
| 大物主神の奥様のお住まいへの渡り廊下 閑静で美しいと思いました。 |
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| 倉敷美観地区の有隣荘 倉敷紡績ニ代社長が建てた別邸で屋根瓦が泉州の職人に特別作らせたものだそうで、すごーい高価なものだそうです。 渋いグリーンとオレンジの美しいものでした。 |
| 美しい街! 昭和34・5年に行ったのですけど、こんなに綺麗な建物はあったのでしょうか? |
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| 大原美術館のとなりの喫茶店 (エルグレコ) 懐かしい青春!! コーヒーの味は昔と変わらないように思いました。 |
| 観光案内所もクラシックだわね! |
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| おしゃれな看板 なんのお店だったかしら? ツアーだから時間がなくてゆっくりお買物が出来なく残念でした。 |
| だんごやの暖簾 調子の良いのれんでござる。 |
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| 再び四国へ、しまなみ海道は初めてだったので興味津々、 橋と橋の間が普通の道を通ったりするので、時間はかかるけど面白かった。 この橋はもう四国・・・綺麗なデザインの橋でした。 |
| 道後温泉 あまりにも有名な温泉街ではあるけれど、何かしみじみとした感じがした。 ぼっちゃん電車も新型がすっきりしてました。 |
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| 道後といえばからくり時計 時間が来るまで足湯につかってました。 どの場面も面白く見せてもらいました。 |
| 坊ちゃんの湯の表は商店街を抜けたところにあり、あまり感動しなかったのですが、裏は
時代物ー!という感じがしてすてきでした。 |
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| 丁度あくる日からお祭りといううことで、こんなポスターがあちこちで目を引きました。 商店街では桜を持った子供や、人々が踊りの練習をしてました。 |
| 俳句会館
此処に来たからって、俳句が上達するわけはないのに、写真にしっかり写ってきました。 |
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| 松山国体があったとき、いちどに坊ちゃんの湯に来られたら大変なことになるということで新しく作られた椿湯です。 とってもすっきりしたデザインのお風呂屋さんでした。 |
| 四万十川 平成6年まで《渡川》だったのが通称の方が名前が全国的になったので四万十川を正式名にしたそうです.
ついでといっちゃ、なんですが中村市から四万十市になるそうですよ。(2005.4.10)
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| でもヤッパリ美しい河だと思います 河口付近の水って混ざっていなくて上は真水・下は海水なんですって、もぐると底の方で平目が獲れたりするんだって。 |
| かなり前から内子の宿にはいってみたかったのです。 町の雰囲気にふらふら歩いてるといきなり自動車がうしろから・・・ 古いものを残しているだけでは、住んでる人が困りますものね。 |
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| 内子座 人力で動かす廻り舞台が残っていたりする、古い小屋 奈落の中まで見学してまいりました。 一枡はとっても狭く昔の人が小さかったことを物語っていました。 |
| さて、この旅も終わりです。 最後に憧れの内子座の舞台に立てて最高です。 心置きなく、松山空港から帰途に着きます。 見てくださって有難うございました。 |
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